2024.04.02

「発達障がいグレーゾーン」は存在しない?専門医が「発生割合が増えているわけではない」と感じる理由とは?

「発達障がいグレーゾーン」の存在について、専門医が「発生割合が増えているわけではない」と感じる理由は、発達障がいの特徴が明確に定義されていないことにあります。精神科医の岩波明さんによれば、「発達障がいの症状の区分には客観的な指標が存在せず、個人差も大きい。専門医であっても診断に悩むことは多い」とのことです。

 

誤解が広まった理由

「発達障がい=自閉症」という誤解が広まった理由は、まず、診断名にあります。かつて、自閉症はDSM-Ⅳ-TRにおいて「広汎性発達障がい(PDD)」に含まれていました。このため、発達障がいと聞けば自閉症を指すという誤解が生じました。

また、日本の発達障がいの診療が長い間、自閉症を中心に行われてきたことも大きな要因です。この傾向が、発達障がいを自閉症と同義とみなす誤解を生み出しました。このため、一般の人々や医療関係者の中にも、「発達障がい=自閉症」という誤解が根強く残っているのです。

自閉症は医学界で「研究し甲斐のある」疾患とみなされてきました。なぜなら、自閉症はしばしば「強度行動障がい」を示し、他の児童期の精神疾患よりも治療や対応が難しいとされるからです。

 

強度行動障がい

強度行動障がいとは、自分の体を叩いたり、食べられないものを口に入れたり、壁をドンドン叩いて壊したり、他人を叩いたり、大泣きが何時間も続いたり、急に道路に飛び出したりする行動を指します。

これらの問題行動は、本人の健康を損なうだけでなく、周囲の人々の生活にも影響を及ぼすため、特別な支援が必要です。岩波さんが診療した患者さんの中には、「信号機を見ると必ず石を投げる」という特異な行動特性を持つ方もいました。

 

自閉症

自閉症は治療が難しく、鎮静化させる薬はあっても治療薬は存在しません。そのため、精神科に長期入院するケースも珍しくありません。このような背景から、日本では自閉症、特に知的障がいを伴うケースを診療の中心に据えてきました。さらに、教育界でも自閉症の治療教育に関する多くの研究が行われています。

世界的にも自閉症に対する関心は高く、自閉症や関連症状については積極的な研究が行われています。自閉症は多くの謎を含む疾患であり、その研究は未だ多くの進展を遂げています。

また、自閉症の人々には「サヴァン症候群」と呼ばれる特異な能力を持つ人も多く見られます。これらの人々は、驚異的な記憶力や再現力を持ち、その脳内システムに関する研究が盛んに行われています。各疾患には明確な境界線が存在しないというのが現在の医学の見解です。

 

ケースバイケースでの考察が求められる

ASD、ADHD、LD(読字障がい、書字障がい、算数障がい)、トゥレット症候群、サヴァン症候群などの区分は、あくまで現在の知見に基づくものであり、厳密な境界線を区別するものではありません。実際には、これらの疾患の特徴を併せ持つ例も多く存在し、異なる疾患の間には類似点も見られることから、一つの疾患としてではなく、ケースバイケースでの考察が求められます。

さらに、個別の疾患においても、症状の濃度には幅があります。同様の特徴を持っていても、一部の患者は比較的社会生活が可能な場合もありますが、他の患者は引きこもりを続けることもあります。実際、米国精神医学会のDSM改訂では、「PDD(広汎性発達障がい)」というカテゴリーが「ASD(自閉症スペクトラム障がい)」として変更された際に、「症状と症状の間に明確な境界線は引けない」という考え方が示されています。

「ADHD症状が明確だがASD症状もある」というケースは、その患者ごとに個人差が大きいことを示しています。このような状況は、各疾患の特徴がスペクトラム状に広がっており、境界線や範囲が明確ではないことを表しています。

実際に、患者さんを診察すると、単一の病名で説明できない場合がしばしばあります。例えば、ADHDの特徴が明確に見られる一方で、ASDに類似した対人関係の障がいも示す患者もいます。

 

強弱には個人差がある

さらに、複数の症状が併存している場合でも、その強弱には個人差があります。一人の患者がASD症状よりもADHD症状が強く見られる一方で、別の患者では逆の状況が見られることもあります。

このように、症状の区分には客観的な指標が存在せず、また患者ごとに特徴の発現の強弱にも大きな個人差があることが、診断や治療の難しさを示しています。

専門医であっても診断が難しいケースは珍しくありません。典型的な症状がない場合、診断はますます困難になります。

生育環境によって引き起こされる要素も考慮する必要

生育環境によって引き起こされる愛着障がい的な要素も考慮する必要があります。虐待や育児放棄などの過程で安心や安全を感じる機会を得られなかった子どもは、他人とのコミュニケーションに問題を抱えることがあります。複数の問題行動や精神症状が愛着障がいと関連している可能性もあります。

また、思春期の成長過程は不安定な時期であり、うつ病や不安障がいなどの精神疾患が発症しやすくなります。これらの精神疾患が同時に存在する場合も考えられます。

したがって、診断には症状の評価や個人差だけでなく、愛着障がいや他の精神疾患の影響も考慮する必要があります。しかし、医師に求められているのは正確な診断だけではありません。

むしろ、患者の個々の生活上の問題を理解し、その改善策を見出すことが重要です。診断は重要ですが、実際の生活の質を向上させることが最も重要なのです。

 

ADHDを抱える男性のケース

ADHDを抱える男性のケースでは、摂食障がいと万引き依存という異なる症状が同時に現れていました。

ある男性が摂食障がいで私の診療所を訪れました。彼は高校生の頃から食べ物に強い興味を持ち、食事にこだわりを見せるようになり、その結果拒食症の症状が出ていました。また、私立の有名大学に進学したものの中退し、後に別の大学に入学しました。

診療を進める中で、彼は「実は万引きに悩んでいるんです」と告白しました。摂食障がいと万引きは密接に関連していることがあります。かつて、マラソン日本代表の女性選手が好成績を収めるために減量を試み、食べ吐きをしていたところ、気がつけば万引きをしていたという例もあります。

 

集中力の不足、忘れ物が多かった

さらに、彼は「何度かパニック障がいを経験したことがあります」とも明かしました。そのときは落ち着いていたようでしたが、記憶を振り返ると小学校時代から集中力が不足していたことや、忘れ物やものをなくすクセがあったことが判明しました。これらの症状の背後にはADHDがあることが明らかになりました。

この男性のように、摂食障がいや万引き依存、パニック障がいなど、さまざまな症状が複合的に現れるケースでは、発達障がいが背後に潜んでいることがあります。その男性の家庭では、彼の言動について特に問題視されることなく、成人になるまで医療機関を受診する機会がありませんでした。

彼は、幼少期からのADHD、思春期からの拒食障がい、そして成人期に至るまでのパニック障がいといった、複数の症状が同時に存在していました。これらの症状が複合的に影響し合い、彼の日々を苦しめていたのです。このように、発達障がいではさまざまな精神疾患が同時に現れ、症状が複雑に絡み合うことがあることが示唆されます。

 

子どもの発達障がいの増加「YES」とも「NO」とも言える

「YES」の根拠は、文部科学省の調査結果によるものです。この調査によれば、全国の公立小中学校の通常学級における発達障がいの可能性がある児童生徒の割合が増加しており、10年前の調査に比べて2.3ポイント増加していることが明らかになっています。

また、発達障がい教育推進センターのデータによれば、自閉症や情緒障がい特別支援学級に在籍する児童生徒数も増加傾向にあります。

一方、「NO」という可能性もあります。発達障がいに対する理解が広まり、医療関係者や教育関係者、親御さんたちの関心が高まったことで、認知率が増加している可能性が考えられます。過去には認識されなかった発達障がいが現在では認識されるようになっているケースもあります。

医療の現場からは、「発達障がいの発生割合は以前も今もさほど変わらない。ただし、認知数が増加している」という実感があります。

 

「グレーゾーン」という言葉は医学的には使用しない

この言葉は、発達障がいの特徴がいくつか見られるものの、診断基準を満たしていないため、確定診断が難しい状態を指すものとして使われています。

しかし、医学用語としては存在しません。医学では、明確な「疾患」と「正常」の間には、その中間の「グレーの領域」が存在するとは認識されていますが、発達障がいの場合、この境界を明確にすることは難しいのです。

発達障がいは、身体的な疾患とは異なり、明確な診断基準が存在しないため、診断が曖昧なケースが存在します。そのため、「グレーゾーン」という表現は、不正確で曖昧なものをさらに不明確にする可能性があります。

 

診断の目安となる客観的な指標が存在しない

精神的な症状や主観的な症状は、数値化することが困難です。例えば、痛みの程度を考えてみましょう。「ひどい痛み」といっても、それはあくまで主観的なものであり、どれくらい痛いのかを客観的に測定することはできません。一方、肝機能障がいのような場合は、特定の数値を超えたら肝硬変と診断できるため、境界線を明確に設定できます。

しかし、発達障がいの場合、現段階では診断の目安となる客観的な指標が存在しません。そのため、境界を明確に設定することも難しいのです。

臨床医は診断を行う必要がありますが、情報が不十分な場合や症状が明確でない場合は、「~の疑い」という形で診断名を書くことがあります。しかし、「グレーゾーン」という言葉はあくまでマスコミ用語であり、医学的な用語として使用されることはありません。

まとめ

発達障がいの診断においては、客観的な指標が不足しているため、診断が困難なケースが多く存在します。この問題に対処するためには、さらなる研究や臨床の進展が必要です。発達障がいの特性を客観的に評価し、診断基準を明確化する取り組みが重要です。また、患者や家族への教育と支援を強化し、早期に適切な介入を行うことで、症状の悪化を防ぎ、生活の質を向上させることが必要です。

 

参考

じつは「発達障がいグレーゾーン」は存在しない…専門医が「発生割合が増えているわけではない」と感じる理由 不正確なものをさらに曖昧にするだけ #プレジデントオンライン

https://president.jp/articles/-/77562?page=1

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