2024.04.24

3重の障がいを抱える女性の、働くための人知れぬ努力 企業側に必要な「合理的配慮」とは

従業員40人に1人の割合で、障がい者を雇用することが法的義務とされています。この法定雇用率は、企業全体の雇用者における身体、知的、精神障がい者の比率を示しています。そして、この4月、その割合が2.3%から2.5%に引き上げられました。政府は段階的に雇用率を引き上げる方針であり、2026年には2.7%に達する予定です。障がいを持つ労働者の定着や戦力化に向けて、どのような取り組みが必要でしょうか。

 

「きちんと会社の力になれる」

福岡県久留米市出身の筒井華菜子さん(34歳)は、障がいに対する負い目を一切持たず、「自分の努力次第で、きちんと会社の力になれる」と胸を張っています。

彼女は生まれつきの脳性マヒにより、全身が動きにくく、伝い歩きしかできない状態です。移動には電動車いすが必要であり、同じ姿勢を長時間保つことも難しい状況です。

 

「健常者の同期に負けたくない」

筒井さんは障がいを乗り越え、北九州市立大学の外国語学部を卒業しました。地元の住宅設備メーカーで契約社員として働き始め、製品の輸出入に関わる英文書類の作成や翻訳などの業務に従事しました。

「健常者の同期に負けたくない」という思いから、彼女は残業も惜しまず、精力的に働きました。しかし、3年目に壁にぶつかります。新人扱いが終わり、仕事の速さが求められるようになりました。

 

発達障がいが判明

筒井さんは両上肢にもマヒがあり、パソコンの操作に時間がかかる状況です。会社側もその事情を理解していましたが、「もっと頑張れ」との圧力がかかりました。深夜までの作業でも締め切りに間に合わない案件が増え、焦りや不安が募りました。細かなミスも相次ぎ、上司からの叱責も絶えませんでした。

この時期、彼女は発達障がいも判明し、精神的にも落ち込み、業務にも影響が出る負のスパイラルに陥りました。最終的には会社から雇い止めに遭うこととなりました。

 

障がいに向き合う

ハローワークを経由して、筒井さんは地元の大学で事務補助員としての仕事を見つけました。雇用期間は有期であり、賃金は低かったものの、仕事の内容は非常に充実していました。彼女の高い語学力を評価され、研究者が海外の大学や企業と共同プロジェクトを始める際の契約業務を任されました。これにより、彼女の気持ちも上向きになり、障がいに対して少しずつ向き合うことができるようになりました。

 

障がいとの付き合い方を工夫

彼女は身体障がいとの付き合い方を工夫しました。電動車いすのリクライニング機能を活用し、1時間に1回、約5分かけて全身を動かし、筋肉の緊張をほぐすことで、疲れがたまっても集中力を保つことができるようになりました。

また、発達障がいに対処する方法も見つけました。任された案件をスケジューリングし、早めに取り組むことで提出期限に間に合わせるようにしました。さらに、書類を提出期日の前日までに完成させ、2回以上の見直しを行うことでミスを減らすことに成功しました。

 

東京オリンピックの組織委員会に応募

さらに、仕事のスピードを向上させるために、彼女は特技である速読術をさらに磨きました。休日にはITスキルやマネジメントの本を読んで新たな知識を学び、コミュニケーションの面でも相手の立場を考えて伝わりやすい言葉を使うようにしました。

自信を取り戻した筒井さんは、幼少期からの夢であった国際的な舞台での活躍を叶えるため、東京オリンピックの組織委員会に応募しました。契約社員として採用され、上京して一人暮らしを始めました。組織委の内外に発信される文書の英訳と和訳を担当し、「夢のような時間を過ごせた」と充実した日々を振り返ります。

 

目標は安定した正社員の職に就くこと

東京オリンピック閉幕後も東京に残り、次はIT企業で非正規雇用で働きました。しかし、体調を崩して入院し、統合失調症を発症したこともあり、2023年12月末で退職しました。現在も定期的な通院を欠かさず、薬を服用して症状を抑えながら、別の民間企業で翻訳業務に従事しています。

現在の目標は安定した正社員の職に就くことですが、障がい者雇用枠での募集は少なく、競争が激しい状況です。軽度の身体障がい者が企業間で争奪戦となる一方で、重度の障がいや精神的な疾患を持つ人は敬遠されやすいという現実もあります。

 

周囲の理解や配慮が大きな支え

心身に「3重」の障がいを抱えながらも、筒井さんは努力を惜しまず、やりがいを持って働けた職場では周囲の理解や配慮が大きな支えでした。「障がい者雇用促進法」は、能力を発揮するための支障を取り除くための措置を「合理的配慮」として定め、雇用する事業者側に提供を義務づけています。

しかし、企業側にとって、どのように配慮すればよいかがわからないというケースも珍しくありません。そこで、FA機器大手・オムロンの特例子会社「オムロン京都太陽」を訪れた記者は、ヒントを求めました。

 

特例子会社は障がい者の雇用に特化した子会社

特例子会社は障がい者の雇用に特化した子会社であり、一定の要件を満たすことで、そこでの雇用人数を親会社のものとしてカウントできます。この制度は、職に就ける障がい者の増加を後押ししてきましたが、通常業務から隔離されているとの批判もあります。

一方、オムロンは法令雇用率の義務化以前から、50年以上にわたって障がい者雇用に取り組んできたパイオニアです。そのため、京都太陽では障がい者が働くためのさまざまな合理的配慮を見ることができました。

 

約80人の障がい者を受け入れている

オムロンは体温計や血圧計で有名ですが、実際には工場で使用されるセンサーや他の機器が主力製品です。その一翼を担う京都太陽では、約60人の従業員のうちおよそ35人が障がい者であり、さらに社会福祉法人との提携により約80人の障がい者を受け入れています。オムロン本体から受注したソケットや電源などの少量多品種生産に取り組み、扱っている製品は約1500種類にも上ります。

 

甘えは許されない

ここで作ったものはオムロンの看板で世界中に出荷される。当然、高品質と収益性を求められる。『特例子会社だから』という甘えは許されない」と、京都太陽の三輪建夫社長は強調します。

生産ラインでは、作業効率を高めるための工夫が施されています。例えば、複数の部品をピッキングするブースでは、指示書に印刷されたバーコードを読み込むと、必要な部品の棚に備えられたライトが光ります。センサーが反応し、次に袋へ詰めるべき部品の棚が点灯する仕組みです。このような工夫により、知的障がい者でも簡単に働くことができます。

 

「業務ありき」の発想

こうした環境整備の根源には、「業務ありき」の発想があります。障がい者雇用の現場では、採用した障がい者ができそうな仕事を見つけて与えるという流れが一般的ですが、京都太陽は異なります。彼らは最初にやるべき業務を設定し、その上で個人の障がい特性を可視化し、仕事の内容と調整し、遂行のハードルとなるものを取り除く過程を辿っています。

 

各々の障がい特性に合わせ最適化する

頼まれた仕事がある場合、身体障がい者には試してみて何が妨げになるのかを明確にするために一度やらせます。知的障がい者には、作業内容を丁寧に説明し、理解されなかった点を整理していきます。

この過程でカギとなるのは各生産ラインに配置されたリーダー社員です。彼らは各々の障がい特性に合わせ、機械の操作性を最適化するためのアイデアを考案します。技術員と協力して、社内に設けた工作室で必要な補助具を自作します。これまでに製作した補助具の数は約250に及びます。興味深いことに、このリーダー社員は障がいの有無に関わらず、意欲や能力を重視して任用されます。

 

対面での会話が苦手な人には電子ツールを使って対応

発達障がいを含む精神障がい者は、知能や運動機能は健常者と変わらない場合があります。仕事自体は問題なくこなせることが多いですが、コミュニケーションで苦労するケースが多いとされています。このような障がいの場合、「どちらかというと、業務よりも同僚とのマッチングが必要」と三輪氏は述べています。

対面での会話が苦手な人には、電子ツールを使って対応します。心身の状態を把握するための項目を定め、本人が評価することで、上司との双方向のコミュニケーションを図ります。毎日の感想や異変、悩みなどを記入し、上司はそれを読んでコメントを返します。

このような交換を通じて、早期に問題や異変を察知し、迅速な支援につなげることができます。さらに、行動の原因を分析し、対策を考え、本人の同意を得て職場内や家族に共有することで、問題の解決にも効果的です。

 

本人も安心して精神的に落ち着くことができる

このような双方向のコミュニケーションにより、同僚たちは各自の障がいを受け入れやすくなり、本人も安心して精神的に落ち着くことができます。その結果、問題や周囲に受け取られる言動の改善が期待されます。

独立行政法人高齢・障がい・求職者雇用支援機構が2017年にまとめた障がい別の調査では、就職から1年後の職場定着率が「身体」で約61%、「知的」で約68%、「精神」で約50%と報告されています。そうした中で、京都太陽を辞めた障がい者は、直近5年で計3人にとどまるという実績があります。

このように、京都太陽は障がいの有無にかかわらず、誰もが生き生きと働ける会社づくりに成功しています。法定雇用率の引き上げやインクルーシブな社会の実現が求められる中で、彼らの取り組みから学ぶべき点は多いでしょう。

障がい者雇用促進法:障がい者の雇用機会を拡大するための法的枠組み

障がい者雇用促進法は、障がいを持つ人々の社会参加と経済的自立を支援し、雇用機会を拡大するための法的枠組みです。この法律は、障がい者の雇用に関する措置や支援を定め、企業に対して積極的な取り組みを促しています。

 

法定雇用率とその意義

障がい者雇用促進法では、企業に対して一定の雇用率を達成することを義務付けています。具体的には、従業員数に応じて一定割合の障がい者を雇用することが求められます。この法定雇用率は、企業全体の従業員に占める身体、知的、精神障がい者の比率を示し、障がい者の雇用機会を促進することを目的としています。

 

法定雇用率の引き上げと政府の取り組み

日本では、障がい者雇用促進法に基づき、政府は段階的に法定雇用率を引き上げる方針を採用しています。最近では、2024年4月にその割合が2.3%から2.5%に引き上げられました。また、2026年までにはその割合を2.7%にまで引き上げる予定です。これにより、障がいを持つ労働者の雇用機会が拡大し、社会の多様性と包摂性が促進されることが期待されています。

 

企業への影響と支援策

障がい者雇用促進法の施行により、企業は積極的な取り組みを求められます。法律は、障がい者の雇用に関する措置や支援を企業側に義務付けており、これに違反した場合には罰則が科せられることもあります。一方で、政府や地方自治体は企業に対し、障がい者の雇用や働きやすい環境を整備するための支援策や助成金を提供しています。

まとめ

障がい者雇用促進法は、障がいを持つ人々が社会で自立し、活躍するための重要な法律です。法定雇用率の引き上げや企業への支援策により、障がい者の雇用機会が拡大し、社会の多様性と包摂性が向上することが期待されています。今後も、障がい者の雇用促進に向けた取り組みがさらに進展していくことが重要です。

障がい者雇用の現場では、個々の障がいに合わせた合理的配慮と双方向のコミュニケーションが重要です。筒井華菜子さんの物語は、努力と工夫によって障がいを乗り越え、やりがいを見出す姿を示しています。これからも、彼女の経験から学び、障がい者の雇用と定着を支援するための取り組みを進めていくことが必要です。

 

参考

「3重」障がい抱える女性、働くための人知れぬ努力 #東洋経済オンライン @Toyokeizai

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