2024.04.19

先進国で精神疾患が増え続けている”理由”とは?多くの精神疾患は治療対象ではなかった?

現代社会が以前に比べて便利で快適なはずなのに、なぜ精神疾患が増加し続けているのか。精神科医であり、『人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造』を執筆した熊代亨氏は、先進国の社会や文化、環境が、かつては「普通」とされていた人々にも精神医療を必要とさせるほどの圧力をかけていると指摘しています。

 

アメリカでは5人に1人がうつ病

アメリカの若者の5人に1人がうつ病に苦しんでいるという現実があります。ニューヨーク市立大学の研究によれば、アメリカ人の10人に1人、特に若者の5人に1人がうつ病と診断されています。ただし、精神疾患の有病率はさまざまな要因によって左右されるため、これらの結果を解釈する際には慎重さが求められます。

近世以降、精神医療は徐々に整備されてきました。初期の段階では、犯罪者や浮浪者との区別なく精神病者を収容する施設が設立されました。しかし、これらの施設はしばしば人権を無視した取り扱いが行われ、同様の症状を持つ人々を単純に集める場として機能していました。

精神医療は、かつては社会からはみ出した人々を対象としていましたが、同時に社会からの防衛システムとしても機能してきました。しかし、過去の反省に基づき、より人権を尊重した精神医療の実践が求められ、制度改革が進められています。

 

古代ギリシア時代では異なる文脈で捉えられていた

古代ギリシア時代においては、私たちが現代で「病気」として認識する精神疾患は、まったく異なる文脈で捉えられていました。

プラトンの哲学によれば、狂気は神話的な世界と密接に結びついており、神の啓示や創造的な活動に関与するものと見なされていました。そのため、統合失調症やうつ病のような現代の精神疾患が、古代ギリシア社会において「病気」として完全に理解されていたわけではありませんでした。

古代ギリシアの人々は、精神の異常を神秘的な力や神の介入として解釈する傾向がありました。症状が現れた場合、それは神々の意志によるものと考えられ、神託や神秘的なメッセージを受け取る者として特別視されることもありました。

そのため、現代のような医学的なアプローチや生物学的な裏付けに基づく診断は存在せず、疾患の根本的な理解が欠けていました。

 

近代の医学の進歩

統合失調症やうつ病などの精神疾患が、生物学的なメカニズムや遺伝的特徴と関連していることが明らかになったのは、近代の医学の進歩によってでした。しかし、古代ギリシア社会では、これらの疾患が単なる生理学的な異常ではなく、神話や宗教的な文脈で解釈されていました。

時代や文化によって病気の認識や評価が変わることは、精神疾患において特に顕著です。身体の病気については、その病理学的特徴が基本的に不変であり、肺がんや痛風などはその性質が変わらずに病気として認識されます。

 

精神疾患の場合は異なる

しかし、精神疾患の場合は異なります。文化や環境の違いによって、病気としての評価が大きく変わることがあります。限局性学習症やゲーム症のような疾患は、その文化や環境の中で初めて発見されたり、認識されたりします。

社会が進展し、文化や環境が変化するにつれて、人々に求められる能力や行動も変わってきます。新たに求められる能力や行動に対応できない人々が、精神疾患として扱われ、治療や支援の対象となることがあります。

精神医療の歴史を振り返ると、過去の英雄や尊敬された人々が、現代においては精神疾患として苦しむ姿が見えてきます。かつては社会や文化の期待に応え、尊敬され、生きる喜びを感じていたであろう彼らが、現代では精神疾患によって苦しむ姿があります。そのような事実を見ると、彼らが中世の英雄であったかもしれないと思うこともあります。

 

時代や文化の違いがその判断に影響を与える

私たちが病気について考える際、時代や文化の違いがその判断に影響を与えることは明白です。身体の病気に関しては、その病理学的特徴が基本的に不変であり、肺がんや痛風などはその性質が変わらずに病気として認識されます。

しかし、精神疾患の場合は異なります。文化や環境の違いによって、病気としての評価が大きく変わることがあります。

 

文化や環境が変化し求められる能力や行動も変化

社会が進展し、文化や環境が変化するにつれて、人々に求められる能力や行動も変わってきます。新たに求められる能力や行動に対応できない人々が、精神疾患として扱われ、治療や支援の対象となることがあります。

 

精神医療の対象となる人々の数は近年急激に増加

認知症や発達障がいなど、精神医療の対象となる人々の数は、近年急激に増加しています。

精神科を標榜する診療所の推移を見ると、1996年から2020年の24年間で2倍以上に増加しています。さらに、厚生労働省の「患者調査」でも増加が確認されています。しかし、令和2年の数値は集計方法の変更の影響もありますので、注意が必要です。

認知症の増加は、日本人の平均寿命の延長によるものです。一方、近年注目されている発達障がいは、「その他の精神及び行動の障がい」に含まれます。その特性から、統計上は目立ちにくいですが、2002年から2017年の15年間で約3倍に増加しています。

 

注意すべき点

ただし、注意すべき点があります。患者統計では、通院間隔が1カ月以内の患者のみが計上されています。発達障がいの患者は通院間隔が長めであるため、この統計に漏れやすい傾向があります。令和2年の統計では通院間隔が99日以内に改められたことで、発達障がいの増加割合が2倍以上と大幅に増加しました。

また、発達障がいに該当する患者が他の精神疾患の主病名とみなされている場合もありますので、統計の解釈には慎重さが求められます。

軽度のパニック症や双極症なども、現代では治療の対象に含まれています。うつ病や双極症(双極性障がい、躁うつ病とも)などの気分障がいや、不安症やストレス関連障がいも、治療の対象となっている病気のカテゴリーです。こうした病気の増加率も高いです。

 

適切な治療が行われることがなかった

昔は、比較的軽度の不安症やパニック症、社交不安症などは精神科を受診することが少なかったです。不安神経症や赤面恐怖といった名称で診断されることもありましたが、精神科のクリニック数や受診者数が少なかったため、適切な治療が行われることはありませんでした。

双極症も、過去には激しい興奮や誇大妄想を伴う患者に対して診断されることが一般的でした。しかし、20世紀以降、双極症の診断範囲が拡大し、双極症II型など、より広範囲の患者が適切な診断と治療を受けるようになりました。

 

セロトニンの重要性

現代社会において、セロトニンの重要性がますます高まっています。うつ病といった精神疾患の診断基準が拡大する中、最もポピュラーな精神疾患であるうつ病もその例外ではありません。

アメリカ精神医学会の診断基準(DSM)では、20世紀以前には異なる病名が付けられていた状態も、今日ではMajor depressive disorderとして一括されています。

この診断範囲の広がりは、DSMのバージョンアップに伴う診断基準の変化からも読み取れます。さらに、1980年代からアメリカ、1999年から日本で使用されているSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の登場も大きな要因です。SSRIはセロトニンの利用可能量を増やすことで抗うつ効果を持つため、うつ病や不安症、月経前症候群などの治療に広く使われています。

 

アメリカでは過剰な診断と治療に警鐘

精神医療の範囲は広がり続け、不安や恐怖、気分や感情の幅広い領域が治療の対象となっています。この過剰な診断と治療に対し、アメリカでDSMの改訂に関わった精神科医のアレン・フランセスは、著書『〈正常〉を救え』の中で警鐘を鳴らしました。彼は、診断と治療が過剰になり、抗うつ薬などが濫用される可能性について懸念を示しています。

アメリカでは、成人の双極症が15年間で2倍に、ADHDは3倍に、ASDは20倍に、子どもの双極症は40倍に増加したとの報告があります。これらの増加は医療化の影響を受けているとされ、医療者や製薬会社の関与に批判的な声が上がっています。

 

「文化的な自己家畜化」

社会学者のピーター・コンラッドも、医療化を批判的に論じています。彼は医療化の進展に医師の功名心が関与していると指摘しており、新しい疾患概念を提唱する医師が名声を得ることで、新たな専門分野や地位が生まれることを指摘しています。

医療者や製薬会社の責任は否定できませんが、社会全体が「文化的な自己家畜化」の進展によって影響を受けているとも言えます。

日本の文化や環境では、安全・安心が重視され、功利主義が強く根付いています。このような環境下では、感情の安定やアンガーマネジメントが求められ、ストレスや不安を抱えていることが許されないと感じる人も少なくありません。

 

精神疾患の領域が拡大することは避けられない

人々が生物学的な自己家畜化により、穏やかなHPA系と豊富なセロトニンを持つようになったとしても、中世以前の環境に適応した人々にとって、現代の文化や環境への適応は容易ではありません。現代社会では、常にHPA系の自己抑制が求められ、セロトニンの重要性が高まっています。そのため、抗うつ薬SSRIのような救済策が待望されるのは当然のことです。

社会契約や資本主義、個人主義の進展と関連して、精神疾患の領域が拡大することは避けられないように思われます。『分裂病と人間』に記されたように、古代ギリシアでは勤勉さは極端ではありませんでしたが、現代社会では状況が異なります。

先進国の方が精神疾患の有病率が高い

現在のアメリカ精神医学会の診断基準では、わずか2週間の抑うつでうつ病の診断が可能ですが、アメリカ社会では個人の自由と自己責任が重視され、勤勉で効率的な生活が求められます。実際、先進国と開発途上国を比較すると、先進国の方が精神疾患の有病率が高くなっています。

精神疾患の有病率の増加は、生物学的な問題の増大よりも、先進国の文化や環境が人々に課している課題や、個々の行動特性や状態が許容されなくなっている度合い、精神医療の普及状況などを反映している可能性があります。

 

「勤勉が猖獗をきわめる」問題

精神医療の普及は、現代社会における「勤勉が猖獗をきわめる」問題を解決していると言えるでしょうか。

私としては、ある程度までは解決していると考えています。早期診断・早期治療が、メンタルヘルスを守り、個人を守る防波堤として機能していることは間違いありません。現代の精神医療や福祉が果たしている役割は重要であり、軽視すべきではありません。

しかし、問題も多く存在します。まず第一に、精神医療の普及が進む一方で、現代社会はますます競争が激しくなり、個人がますます働かされることになっているように見えます。また、精神疾患が生物学的側面に焦点が当てられる中、それが個人の生物学的な問題として矮小化され、社会や職場の問題として考えられにくくなっているように感じます。

 

医療や福祉がどの程度貢献しているか

精神医療や福祉が患者の自由にどの程度貢献しているかという点も問題です。精神科病院に長期入院する患者や、社会復帰が限定的な患者も多く存在します。日本の精神医療は保護が手厚い反面、患者の選択に対する介入も多いと感じます。

患者の社会復帰が真の意味で成り立っているかどうかも疑問です。障がい者雇用の代行ビジネスが急増する中、それが障がい者の排除を隠れ蓑にしたものである可能性も考えられます。

 

個々の自由や尊厳を尊重することも重要

医療や福祉の充実は重要ですが、個々の自由や尊厳を尊重することも同じくらい重要です。社会が高度化し、ニーズが増大する中で、ひとりひとりの自由を尊重し、インクルーシブな社会を目指すことが必要です。

まとめ

 医療や福祉の充実は確かに重要ですが、同じくらい重要なのは個々の自由や尊厳を尊重することです。精神医療の進展に伴い、社会や文化が生じる圧力や要求に、個人が適応できるよう支援することも重要です。社会が高度化し、ニーズが増大する中で、ひとりひとりの自由を尊重し、個人の尊厳を守るインクルーシブな社会を目指すことが必要です。

 

参考

かつての「普通の人」が、現代では「心を病んだ人」に…先進国で精神疾患が増え続けている"本当の理由" 多くの精神疾患は治療対象ではなかった #プレジデントオンライン

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