2024.04.11

難聴で「耳が遠くなった」は認知症のリスクに…「聴こえにくい」を軽視してはいけない理由とは?

難聴が高齢者の生活に及ぼす影響に関して、東京慈恵会医科大学の栗原渉講師は重要な示唆を提供しています。彼は、「耳が遠くなると社会的な交流を避けるようになる。その結果、転倒だけでなく、認知症やうつ病の発症リスクが高まる」と述べています。

 

65歳以上の高齢者の約7人に1人が認知症

認知症は、認知機能の低下によって社会生活に深刻な影響を与える疾患です。高齢者の中には、認知症やその前段階である軽度認知障がいを抱える人が増加しており、その数は年々増加の一途をたどっています。厚生労働省の報告によれば、65歳以上の高齢者の約7人に1人が認知症であり、年齢が上がるほどその発症率は高まります。

 

認知症のリスク因子「難聴」

認知症のリスク因子として、the Lancet Commissionが示した12の要因の一つに「難聴」が挙げられています。特に中年期における難聴は、認知症の発症リスクを1.9倍高めるとされています。さらに、難聴が10デシベル(㏈)悪化するごとに認知症の発症リスクが増加することが明らかにされています。

しかしながら、一連の研究からは、補聴器を適切に使用することで認知機能の悪化を抑制できる可能性が示唆されています。このことから、今後の認知症診療においては耳鼻咽喉科医の積極的な関与が不可欠とされています。そのため、難聴に対する早期かつ適切な対応が、高齢者の健康と生活の質を向上させる上で重要であると言えます。

 

聴力が低下すると社会的な交流を避ける傾向が強まる

耳の聴力が低下すると、人は社会的な交流を避ける傾向が強まります。この傾向は、加齢による聴力の低下が始まる高音域から始まり、40代ではあまり自覚されないことが一般的ですが、60代になると聴力が低下する音域が増え、聴力の低下を自覚する人が急増します。70歳を過ぎると、ほとんどの音域で聴力が低下し、65〜74歳の3人に1人、75歳以上では約半数が難聴に悩むと言われています。

加齢性難聴の患者は、ことばを理解するのに困難を感じ、コミュニケーションや社会生活に支障をきたすことがあります。さらに、聞き取りが難しくなることで、高齢者は社会的な交流を避ける傾向があり、それにより孤独感やうつ病を悪化させ、幸福感を低下させる可能性があります。

 

認知機能の低下と加齢性難聴の両方を引き起こしている可能性

難聴が認知機能にどのような影響を与えるかについては、まだ完全に理解されていませんが、共通原因仮説、情報劣化仮説、感覚遮断仮説など、複数の有力な仮説があります。これらの仮説は、難聴と認知症の関係についての理解を深める上で重要な役割を果たしています(Sladeほか)。

加齢が脳機能に影響を及ぼすという説には、共通原因仮説があります。この仮説では、脳における神経細胞の障がいが、認知機能の低下と加齢性難聴の両方を引き起こしているとされています。高齢者では、いくつかの知覚・認知領域で並行して変化が起こることが知られており、例えば、認知機能の低下と視力の低下が同時に進行する現象が挙げられます。

さらに、加齢と加齢性難聴の両方で脳の萎縮が観察されることから、生物学的な加齢が広範な脳機能に影響を及ぼす可能性が示唆されています。この事実は、加齢が脳の神経細胞に損傷を与え、それが認知機能の低下や難聴などの問題を引き起こす可能性があることを示唆しています。

 

「聞く」ことに多くの認知能力を割く傾向

高齢者は、「聞く」ことに多くの認知能力を割く傾向があります。情報劣化仮説によれば、聴覚が障がいされると、聴覚から得られる情報が不足し、それに対処するために必要な処理が増えると考えられます。

多くの研究が示すように、私たちの認知能力には限界があります。特定の時間や情報量において、認知リソースには上限が存在します。そのため、騒音のある環境や難聴などで音声の品質が低下すると、理解するために必要な「聞く努力」が増加します。

 

補聴器を使用することで聴覚が改善

高齢者は、若者よりも「聞く」ことに多くの労力を使うことが知られています。さらに、聞き取りが難しくなるほど、その要求に対処するためにさらなる認知的な資源が必要となり、ほかの認知タスクに使うリソースが不足する可能性があります。

しかし、補聴器を使用することで聴覚が改善され、認知的な負荷が軽減される効果があるとの研究結果も報告されています。これにより、高齢者がより効率的に情報を処理し、日常生活での認知的な負担を軽減できる可能性があります。

 

聴覚に関連した認知・情動プロセスが妨げられる

感覚遮断仮説は、加齢性難聴によって聴覚が長期間にわたって剥奪されると、認知機能の低下が引き起こされるという考え方です。具体的には、長期にわたる感覚の遮断が、代償としての大脳皮質の再編成を引き起こし、聴覚に関連した認知・情動プロセスが妨げられるとされます。

実際に、加齢性難聴の状態では、音声を認識する際に前頭葉への依存が増加し、聴覚皮質の灰白質が減少するなど、脳の皮質に変化が見られることがあります。これらの変化は感覚遮断仮説を支持する証拠と見なされています。

 

社会的孤立、コミュニケーションの低下、抑うつ症状の増加

さらに、この仮説は、感覚の遮断が直接的に認知機能に影響を及ぼすだけでなく、社会的孤立やコミュニケーションの低下、抑うつ症状の増加などを通じて、認知機能に間接的に影響を与える可能性もあると報告されています。

高齢化が進むなかで、難聴と認知機能の低下が生活の質に及ぼす影響は重大な問題です。難聴が神経に与える影響や、大脳皮質の再編成と認知機能低下との因果関係に関する研究は、将来の治療戦略に有益な情報となるでしょう。

難聴と認知機能低下の関連性に潜在するメカニズムを明らかにすることで、加齢性難聴と同時に観察される認知機能低下を緩和するための有効な手段を見出すことが可能になるかもしれません。

 

心身に様々な影響を与えることが明らかに

難聴がコミュニケーションの低下だけでなく、心身に様々な影響を与えることが明らかになっています。

高齢者の社会的孤立に関連する要因を明らかにするための研究では、60歳以上の人々を対象に解析が行われました。その結果、複数のリスク要因が特定されましたが、その中で難聴が社会的孤立のリスクを2.78倍にも増加させることが明らかになりました。これは、配偶者の不在や80歳以上であることと同様のリスクレベルとして示されました。

このような研究結果は、難聴が高齢者の社会的つながりや生活の質に与える影響の重要性を強調しています。そのため、難聴の早期発見と適切な対処は、高齢者の健康と幸福感を向上させる上で重要です。

 

うつ病との関連性

近年の報告によると、聴覚障がいはうつ病の発症と関連していることが示されています。この関連は、聴覚障がいによる生産性の低下、コミュニケーション能力の低下、社会的孤立、生活の質の低下などによって説明される可能性があります。韓国で行われた調査では、高齢者のうつ病の新規発症リスクを明らかにすることを目的とし、聴覚障がいがある人のうつ病の発症リスクが、聴覚障がいがない人と比較して1.11倍であることが示されました(Kimほか)。

 

ケガや事故にもつながる

高齢者の転倒は、疾病予防や健康増進の観点から非常に重要な問題です。そのため、予防できるリスク要因を明らかにする試みがなされています。特に、難聴が転倒と関連していると考えられる要素がいくつかあります。

まず、内耳の機能障がいが挙げられます。内耳の蝸牛(聴覚を司る部分)と前庭(身体の平衡感覚を司る部分)の機能障がいが同時に起こることがあり、これが転倒のリスクを増加させる可能性があります。また、難聴によって聴覚的な情報や空間的環境の認識が不足する場合もあります。さらに、難聴は認知的な負荷や注意の分散を引き起こし、これが転倒につながる可能性があります。

 

難聴が転倒の危険因子である可能性が高い

2017年に行われたアメリカの調査では、40歳から69歳の被験者を対象に難聴と転倒歴の関連性が調査されました。その結果、難聴と転倒の間には明確な関連が見られました。具体的には、25デシベルの難聴を持つ人は、過去1年間に転倒する確率が約3倍に増加していました。さらに、聴力の損失が10デシベル増加するごとに、転倒を経験するリスクが1.4倍増加したというデータもあります(Lin and Ferrucci)。

これらの結果から、難聴が転倒の危険因子である可能性が高いことがわかります。したがって、難聴の予防や早期対策が、高齢者の転倒リスクの軽減に効果があると言えるでしょう。

認知症とは:その原因と進行メカニズム

認知症は、高齢者だけでなく、若年者にも影響を及ぼす深刻な脳疾患です。その原因や進行メカニズムについて理解を深めることは、早期の予防や治療の発展につながる重要なステップです。

まず、認知症の原因には多くの要因が関与しています。アルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体型認知症などの主なタイプがありますが、これらの疾患は複雑な脳内の生化学的、神経学的変化によって引き起こされます。

例えば、アルツハイマー病では、アミロイドβタンパク質やタウタンパク質の異常が脳内でたんぱく質の凝集を引き起こし、神経細胞の損傷と死につながります。血管性認知症では、脳の血管が狭窄したり、閉塞したりすることによって、脳への酸素や栄養の供給が不足し、神経細胞が死滅します。

 

認知症の進行メカニズム

認知症の進行メカニズムは、これらの病理学的変化によって引き起こされますが、脳の機能や構造にも影響を及ぼします。脳の一部の領域が萎縮したり、神経回路の連結が損なわれたりすることで、認知機能が低下します。記憶、言語、判断力、空間認識などの機能が影響を受け、日常生活に支障をきたします。

さらに、認知症の進行は炎症反応や神経の変性、神経伝達物質の異常などの影響も受けます。これらのプロセスは、病態の進行を加速させる可能性があります。そのため、治療法の開発や予防策の研究では、これらの過程に焦点を当てることが重要です。

 

認知症の予防、治療

認知症の予防や治療には、早期の介入が重要です。脳の健康を維持するためには、健康的な生活習慣の維持、認知トレーニング、適切な栄養摂取、適度な運動などが推奨されます。また、早期の診断や治療法の開発に向けた研究が進められており、これらの取り組みは認知症の進行を遅らせることが期待されています。

まとめ

高齢者の生活における難聴の影響は深刻であり、栗原渉講師の指摘するように、その影響は転倒や認知症、うつ病などさまざまな健康上の問題に及んでいます。難聴が高齢者の生活に与える影響を理解し、適切な対策を講じることが重要です。

また、難聴に関する研究は、認知機能や脳の構造にも影響を及ぼす可能性があり、その理解は将来の治療戦略に役立つでしょう。加齢に伴う難聴は避けられない現象ですが、早期の対応や補聴器の利用などでその影響を最小限に抑えることができます。

認知症は、深刻な脳疾患であり、その原因や進行メカニズムについての理解が進むにつれて、予防や治療の可能性も広がっています。早期の介入や適切なサポートは、認知症患者の生活の質を向上させるのに役立ちます。

今後も研究と医療の進歩が期待されますが、我々は認知症に対する理解と支援を深め、患者とその家族がより良い生活を送れるよう努める必要があります。

 

参考

難聴は認知症のリスクになる…「耳が遠くなった」を甘くみてはいけない医学的理由 補聴器を適切に使用すれば、悪化を抑制できる可能性も #プレジデントオンライン

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