強度行動障がいの家族の苦悩:支える場の不足
自分や他者に対する傷つけや物の破壊など、しばしば問題行動が見られる「強度行動障がい」。全国には約7万8000人がその影響を受けているとされますが、その支援は容易ではありません。福祉サービスの利用が制限されることも多いなか、その家族たちはどのような状況にあるのでしょうか。
頼れる場所がない
自閉症と知的障がいを抱える10歳のひろきさん(仮名)は、食事を口にすることを拒否するなどのこだわりや自傷行為があります。母親のあかりさん(仮名)は看護師としての職を退職し、息子のケアに専念してきました。
ひろきさんの自傷行為は2年前から夜通し続き、顔面が大きく腫れあがり、大きなあざができるほどにエスカレートしました。あかりさんは幼少期から障がいに関する知識を積み重ね、工夫を凝らしながら子育てを行ってきましたが、自傷行為の変化に対処するのは難航しました。
深まる孤立
自傷行為が止まらず、あかりさんも精神的な負担が増大しました。児童相談所に連絡しても適切な対応が得られず、学校やデイサービスへの通学も難しくなり、親子の孤立感は深まっていきました。
家族の間で支え合う仕組みが不足している中、強度行動障がいを抱える人々とその家族は日々孤独と苦闘を強いられています。このような事例が増える中、地域社会や福祉サービスの改善が求められます。
虚偽の支援による信頼の崩壊
あかりさんは、SNSで障がいのある子どもを支援するとあるNPOの理事長を紹介されます。専門的な支援を提供する人物との出会いに期待を寄せつつ、その支援が始まると、家庭に訪れた瞬間はまるで「悪魔払いが始まったみたいな感覚」だったと振り返ります。息子の手が緊張で握りしめていたのがほぐれ、状況が少しでも改善されることに安堵しました。しかしこの支援は、信じられないほどの裏切りとなりました。
施設の理事長の逮捕
支援が始まってからわずか3か月後、その理事長の施設が警察の捜索を受け監禁などの容疑で逮捕されたのです。理事長の施設での実態が明るみに出ると、手足の拘束、脅迫や暴言など、恐るべき虐待の実態が浮かび上がりました。そして、理事長には懲役3年の判決が下され、その結果、あかりさんの息子への支援が突然打ち切られました。
状況の悪化
これにより、ひろきさんの状態は再び悪化し、食事を取ることもままならなくなりました。あかりさんは、唯一の頼みの綱だった理事長の支援が途絶えたことで、ますます絶望感に苛まれました。行政や児童相談所など、あらゆる手段を尽くしても支援を得ることができなかった彼女にとって、これは非常に厳しい状況でした。
事件の後、理事長を頼っていた保護者たちを中心に、情状酌量を求める署名活動が展開されました。この活動には、大勢の賛同者が集まり、その中には、自閉症と知的障がいを抱える子どもを持つ保護者も含まれていました。
虚偽の支援を受けた家族たちの信頼は完全に崩壊し、再び信頼できる支援を見つけることが難しくなりました。
家庭内での安全確保と行動障がい
大野さんは、息子の創平さん(10)が室内での飛び跳ねや飛び降りなどの行動障がいに苦しんでいる実情を明かします。飛び降り防止のためベランダに猫よけを設置し、家庭内での安全確保に努め、下階からの苦情に対応するために対策を講じました。しかし、コロナ禍の外出自粛により、家庭内での行動が一層激しくなりました。
家族に「他害行為」
創平さんの行動はますますエスカレートし、家族に「他害行為」を及ぼすようになりました。特に、家の近くの交差点を危険な状況に関わらず走り去る行動には、大きな懸念があります。家庭内だけの支援に限界を感じた大野さんは、2021年の終わりに理事長に支援を求めました。
理事長からの返答には、初めて支援者の理解を感じたといいます。しかし、その後の理事長の逮捕により、複雑な思いが生まれました。事件に関しては非難されるべきであると認識しつつも、家族にとっては唯一の頼みの綱であった理事長がいたことは事実です。
現在、大野さんは自力で学びながら、支援を見つけるために奮闘しています。これまでの経験から、信頼できる支援を見つけることの難しさを痛感していますが、創平さんとの向き合い方を模索し続けています。
絵カードを活用した支援:自立への一歩
大野さんは現在、自ら勉強を積み重ねながら、息子の創平さんへの支援を整えようと模索しています。その取り組みの一環として、力を入れているのが「絵カード」を使ったコミュニケーションの練習です。これは、創平さんが言葉に頼らずに自分の意思を伝える手段として有効です。
自分の欲求や意思を的確に表現できるようになる
絵カードを用いたコミュニケーションの訓練では、創平さんが手に取った絵カードを通じて、自分が食べたいものを示すことができました。このような手法によって、創平さんが自分の欲求や意思を的確に表現できるようになりつつあります。
コミュニケーションの向上が自立への一歩
現在、創平さんは以前に比べ、より落ち着いた日常生活を送れるようになっています。絵カードを通じたコミュニケーションの向上が、彼の自立への一歩となっています。早織さんは、これからも息子の成長を支えるために、様々な方法を試しながら前進していくことでしょう。
支援が受けられない状況が多い強度行動障がい
強度行動障がいは、自身や他者に対する傷つけや物の破壊などの行動が頻繁に見られる状態を指し、その背景にはさまざまな要因があります。この問題に詳しい鳥取大学大学院教授である井上雅彦さんは、その要因についての見解を述べています。
倫理的に疑問のある支援にも頼らざるを得ないというのが現状
井上さんによれば、元理事長が行っていた支援アプローチには、身体的な拘束の要素が含まれており、倫理的にも問題があると指摘されています。
しかしながら、地域に頼るべき機関や人が不足しており、支援を求める家族は孤立してしまい、結果的にそのような問題の支援に頼るしかない状況に追い込まれていると述べています。
このような状況下で、親は何とか支援を受けるために必死であり、その結果として倫理的に疑問のある支援にも頼らざるを得ないというのが現状です。
支援の必要性と家族の取り組み
井上さんは、支援を親だけに依存させない仕組みが重要であると指摘し、地域の中でチームを作り、支援者や学校の先生と連携し合うことが必要だと主張しています。
また、井上さんは、絵カードなどの手段を使って意思を伝えることも重要であると述べています。これは、言葉で表現できない場合に役立ち、地域の支援者や学校の先生との連携を強化することが重要であると説明しています。
福祉サービスにつながりにくい事例が多く存在
自身の息子に強度行動障がいがある家族会で活動する小島幸子さんも、同様の問題を指摘しています。福祉サービスにつながりにくい事例が多く存在し、これが本人や家族にとって大きな負担となっていると述べています。小島さんは、施設や事業所の受け入れが困難であることや、環境の変化に対する苦手意識を持つ人々が施設に通う際に混乱するという問題についても言及しています。
強度行動障がいの要因
強度行動障がいが生じる背景には、さまざまな要因が関与しています。鳥取大学大学院教授である井上雅彦さんは、その要因について詳しく説明しています。
自閉症や知的障がいの重さからくる障がい特性と環境要因の相互作用
井上教授によれば、強度行動障がいの根本的な要因は、自閉症や知的障がいの重さからくる障がい特性と環境要因の相互作用にあると言われています。例えば、本人が特定の刺激に対して強いこだわりを持つ場合があります。また、コミュニケーションの困難さから、本人が自らのニーズを言葉で表現できない状況もあります。
頭を叩くことは、大切なコミュニケーションの手段
井上教授は、具体的な例を挙げて説明しています。例えば、お母さんにかまってほしいときに言葉で要求できない場合、本人は他の手段を使ってコミュニケーションをとることがあります。
頭を叩くと音がすることで、お母さんが来てくれるという結果を得ることがあります。そのため、本人にとって頭を叩くことは、大切なコミュニケーションの手段となり、強度行動障がいとして現れることがあります。
外から見れば行動障がいと思われる行動も、本人にとっては特定のニーズや手段を表現する方法となっていることがあります。このような視点から、強度行動障がいを理解することが重要です。それによって、本人のニーズに適切に対応し、支援を提供することが可能となります。
まとめ
地域の支援に繋がることが難しい親御さんが増えていることが最近の国の調査で明らかになりました。このような状況に直面している親御さんたちが、地域に声を上げることができないケースが多いことが指摘されています。しかし、井上さんは親御さんたちに勇気を出して支援を求めることを促しています。1か所でうまくいかなくても、諦めずに2か所、3か所と頼ってみることが大切だと強調しています。また、地域社会もそのような声に応え、支援体制を強化していく必要があると指摘しています。
孤立を感じている親御さんたちは、一人で抱え込まずに、ぜひ周囲の施設や人々を頼っていただきたいと思います。
参考