2024.04.12

ALS患者の当事者「誰もが当たり前に生きられる社会を」ALS女性殺人事件 被告の医師に対し懲役18年の判決

京都地方裁判所は、難病ALSを患う女性の殺害事件で無罪を主張していた医師に懲役18年の判決を下しました。裁判所は「短時間で軽々しく犯行に及び、生命軽視の姿勢が顕著で強い非難に値する」と指摘しました。

被告は元医師の山本被告と共に、ALSを患う林優里さんからの依頼を受け、薬物を投与して殺害したとして嘱託殺人などの罪に問われました。被告側は「林さんの自己決定権を尊重すべきだ」と主張しましたが、裁判所はこの主張を退けました。

 

「軽々しく殺害に及んだ」と指摘

川上宏裁判長は、自己決定権について、「個人が生存していることが前提であり、恐怖や苦痛に直面していても、みずからの命を絶つために他者の援助を求める権利などが導き出されるものではない」と明言し、被告側の主張を退けました。

また、「医師でありながら、SNS上の短いやりとりのみで、診察や意思確認もろくにできないわずか15分程度の面会で軽々しく殺害に及んだ」と指摘し、被告の行為を厳しく非難しました。さらに、130万円を受け取った後に犯行に及んだことを踏まえ、「被害者のためを思っていたとは考えにくく、利益を求めた犯行だった」と述べ、被告の生命軽視の姿勢を顕著にしたと指摘しました。

川上裁判長は、大久保被告が13年前に山本被告と共に関与した父親殺害事件についても言及し、「大久保被告が計画を練り上げ、重要で不可欠な役割を果たした」と指摘しました。その結果、懲役18年の判決が言い渡されました。大久保被告側は控訴する方針を示しています。

 

「刑が重くても軽くても娘が帰ってくるわけではない」

林優里さんの父親(83)は、判決後に行われた会見で、「刑が重くても軽くても娘が帰ってくるわけではなく、第2、第3の優里が出ないことを願うばかりです」と述べました。そして、「今回の事件によって、ALSという病気が世間に知られ、患者の苦労に目が向けられるようになった側面もあると思っています。ALS患者が娘のように『他人によって生かされている』とめげてしまわないよう、介助や介護の体制をもっとよくすることにつながってほしいです」と訴えました。

 

誰もが当たり前に自然に生きられる社会

ALS患者の当事者として会見を開いた増田英明さんは、「林さんの死にたいという一面的なことばや状況だけを切り取ること自体が差別です。私たちにとってはALSの仲間が殺された事実は変わることはなく許すことはできません。社会は生きられる人を生かす社会であるべきで、社会はそのためにあります。生きていたいと言わなくても、誰もが当たり前に自然に生きられる社会をどうつくるかに目を向けて考えてほしいです」と訴えました。

 

すべての人が当事者となる問題

同様に、ALS患者の岡部宏生さんも、「林さんは死にたいという思いと生きたいという思いを持っていました。そんな人を殺してしまったのです。そんなことが許されるわけがありません。生きることを支え続けられる社会であること。何より人の命について深く考えられる社会になってほしいとせつに願います。これは私たち障がい者や難病患者だけの問題ではありません。すべての人が当事者となる問題なのです。林さんが戻ってこないことに深い悲しみを禁じ得ません」と訴えました。

 

京都地方裁判所の判断

京都地方裁判所は、患者からの依頼に基づく殺害行為において、社会的相当性を考慮し、最低限必要な要件を示しました。

 

  • 【前提となる状況】

▼病状による苦痛の除去や緩和のために他に手段がなく、

かつ、

▼患者が自らの状況を正しく認識し、自らの命を絶つことを真摯に望む場合。

 

これらの要件に加えて、医療従事者は以下の要件を満たす必要があります。

▼医学的に行うべき治療や検査などを尽くし、他の医師らの意見も求め、患者の症状と経過を踏まえて診察すること。

▼患者の症状が現在の医学では改善不可能であり、それによる苦痛を除去または緩和するために他の手段が存在しないことを慎重に判断すること。

 

このような要件が備わった場合、裁判所は患者の自己決定権や苦痛の除去・緩和を考慮し、嘱託殺人の罪に問うべきでない事案があり得ると判断しました。

判決によれば、患者などから嘱託を受けて殺害に及んだ場合には、社会的相当性が認められ、嘱託殺人の罪に問うべきでない事案があるとされています。その際の最低限必要な要件は以下の通りです。

 

  • 【要件1 症状と他の手段】

その上で、医療従事者は、以下の要件を満たす必要があります。

 

▼医学的に行うべき治療や検査などを尽くし、他の医師らの意見も求め、患者の症状と経過を踏まえて診察すること。

▼患者の症状が現在の医学では改善不可能であり、それによる苦痛を除去または緩和するために他の手段が存在しないことを慎重に判断すること。

 

  • 【要件2 意思の確認】

さらに、医療従事者は以下の要件を満たす必要があります。

 

▼診察や判断をもとに、患者に対して、現在の症状や予後、選択肢の有無などについて可能な限り説明し、患者の意思を確認すること。

▼患者の意思をよく知る近親者や関係者などの意見を参考にし、患者の意思が真摯であり、変更の可能性があるかどうかを慎重に見極めること。

 

  • 【要件3 方法】

また、患者自身の依頼を受けて、苦痛の少ない医学的に相当な方法を用いること。

 

  • 【要件4 過程の記録】

そして、一連の過程を記録化し、事後検証が可能とすること。

 

以上の要件を踏まえ、判決では医師が十分な意思確認や医学的な判断を行わず、患者の状況を把握せずに短時間の面会で殺害に至ったことが明らかになりました。裁判所はこれらの過程が記録化されておらず、社会的相当性が認められないと判断しました。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)について

ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、中枢神経系の疾患であり、その特徴的な特徴は徐々に進行する神経変性疾患であることです。この疾患は、主に運動神経細胞(運動ニューロン)が徐々に退行し、その結果、筋肉の衰弱、萎縮、そして最終的には麻痺が生じます。ALSは一般的に、中年から後期の成人に発症し、その発症率は男性よりも女性にやや多い傾向があります。

 

運動を制御する能力を失い徐々に弱っていく

ALSの神経変性は、中枢神経系の運動ニューロンにおける死と変性によって特徴付けられます。これらの神経細胞は、脳の運動野から脊髄に伸びる長い細胞の束であり、筋肉に信号を送る役割を果たします。ALSによってこの神経細胞が損傷を受けると、筋肉は運動を制御する能力を失い、徐々に弱っていきます。

 

筋肉のこわばり、歩行困難

ALSの症状は個人によって異なりますが、一般的な初期の症状には、筋肉のこわばりや弱さ、手のしびれや落ち込み、または歩行困難などが含まれます。進行すると、これらの症状はより深刻になり、患者は日常生活のさまざまな活動に制限を受けるようになります。

このような症状の進行に伴い、患者は経済的、身体的、および精神的な負担を経験することが一般的です。ALSの治療とケアは、患者とその家族に対する総合的なアプローチが必要であり、神経学的管理、物理療法、言語療法、栄養サポートなどが含まれます。

 

症状と進行

ALSの症状と進行は個人によって異なりますが、一般的には以下のような特徴があります。

 

初期の症状

ALSの初期の症状はしばしばわずかであり、患者自身や周囲の人々に気づかれにくいことがあります。一般的な初期の症状には次のようなものがあります。

 

  • 筋肉のこわばりや弱さ

患者は日常の活動中に筋肉のこわばりや弱さを感じることがあります。特に手や腕の筋肉が影響を受けることがよくあります。

 

  • 話す能力の低下

発声や発語の困難、声の変化、または言葉を正確に発音できないことがあります。

 

  • 歩行困難

足や脚の筋力低下や不安定さによって歩行に支障が生じることがあります。

 

進行する症状

ALSの症状は徐々に進行し、次第に重篤になります。

 

  • 麻痺

次第に進行するALSでは、患者は筋肉の麻痺を経験します。初めは局所的な部位から始まり、次第に他の部位に広がっていきます。麻痺は日常生活の活動を困難にし、最終的には全身麻痺に至ることがあります。

 

  • 筋肉の萎縮

麻痺に伴って、筋肉の萎縮(筋肉のサイズや強さの低下)が生じます。これは、長期間の筋肉の非活動や神経組織の変性によるものです。

 

  • 呼吸筋の麻痺

ALSの最終段階では、呼吸筋が麻痺し、呼吸困難や肺炎などの合併症が生じる可能性があります。これは生命を脅かすことがあります。

 

以上のように、ALSの症状は進行性であり、患者の生活に深刻な影響を与えることがあります。この疾患にはまだ治癒法はなく、適切な治療と支援が重要です。

 

原因と診断

ALSの正確な原因はまだ完全には解明されていませんが、遺伝的な要因や環境的な要因が関与していると考えられています。診断は他の疾患との鑑別が困難であることがあり、神経学的評価や画像検査、神経生理学的検査などが必要です。

 

治療とケア

ALSの治療は症状の緩和と患者の生活の質を向上させることに焦点を当てています。現在の治療法には、薬物療法、物理療法、言語療法、栄養サポートなどが含まれます。また、多職種によるチームアプローチが重要であり、家族や介護者へのサポートも欠かせません。

 

研究と展望

ALSの治療法に関する研究は進行中であり、遺伝子治療や細胞移植などの新しいアプローチが検討されています。また、ALSの理解を深めるための基礎研究も進んでおり、将来的にはより効果的な治療法や予防策が開発されることが期待されています。

ALSは現在のところ治癒不可能な病気ですが、適切な治療とケアにより、患者とその家族が最高の生活を送るための支援が提供されることが重要です。

まとめ

この事件は医師がALS患者の自己決定権を無視し、軽率に殺害に及んだ違法な行為です。また、ALSや他の難病を患う人々の苦しみと闘いに対する理解と支援が、社会全体で強化される必要があります。被害者とその家族の悲劇を胸に刻みながら、私たちはより包括的で人間性に富んだ社会を築くために努力すべきです。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、難病の一つであり、その進行は患者や家族に深い苦しみをもたらします。この事件を通じて、ALS患者の自己決定権や生命尊重の重要性が再確認されました。

私たちは、このような難病に苦しむ人々とその家族に寄り添い、尊厳ある生活を送る支援を行うことが不可欠です。ALSを含む難病に対する理解と共感が深まり、社会全体で彼らを包み込むことで、より人間性に富んだ社会を築くことができるでしょう。

 

参考

ALS女性嘱託殺人 被告の医師に対し懲役18年の判決 京都地裁 | NHK

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