2024.06.26

発達障がいは「生まれつき」か「環境」か?近年「発達障がいが増えている」と言われる「納得の理由」

言葉が幼い、落ち着きがない、情緒が不安定。こうした育ちの遅れが見られる子どもに対して、どのように治療や養護を進めるべきか――。

講談社現代新書のロングセラー『発達障がいの子どもたち』では、長年にわたって子どもと向き合ってきた第一人者がやさしく教え、発達障がいにまつわる誤解と偏見を解いています。本書は、発達障がいについての理解を深めるための重要な一冊です。

本記事では、「発達障がい」といわれるとき、発達の「開始の部分」と「ゴールの部分」はどこにあるのかという問いに続き、発達における育ちや環境の要因について詳しく見ていきます。

杉山登志郎氏の『発達障がいの子どもたち』では、発達障がいを理解し、適切な支援を行うための具体的な方法やアプローチが紹介されています。発達障がいについての正しい知識を持ち、子どもたち一人ひとりに合った支援を行うことが大切です。

 

実は生物学的な素因のほうが圧倒的に高い

発達の過程は、子どもがもともと持っている力に対し、周囲が働きかけを行い、その両方が互いに働きかけ合って子どもの成長を作ることが知られています。発達を支えるものは子どもが持つ遺伝子と環境です。発達障がい臨床の言葉に言い換えれば、生物学的な素因と環境因ということになります。

 

これまでの科学的な研究では、生物学的な素因の持つ重みが環境因よりも圧倒的に大きいことが示されてきました。この点についてはいまだに誤解があるため、最低限の解説を行いたいと思います。たとえば、非行のような問題に関しては、わが国では環境的な要因として考えられることが多いですが、生物学的な素因と環境因を比較すると、実は生物学的な素因のほうが圧倒的に高いという結論がすでに出ています。

 

遺伝的な素因と環境因との影響を比較

遺伝的な素因と環境因との影響を比較するためには、いくつかの定まった方法があります。一つは養子研究です。養子となった子どもは、生まれつきの遺伝と育ちの環境とが別々の両親のもとで成長することになります。もう一つは双生児研究です。一卵性双生児はほぼ同じ遺伝子を持ち、二卵性双生児は遺伝子の半分だけが同じです。両者とも同じ環境で育つため、遺伝子の影響と環境の影響を統計学的な手法で計算することが可能です。

 

スウェーデンでの養子男性862人の調査では、3歳以前(平均8か月)に養子になった者を調査し、生物学的な素因と環境因とをそれぞれ高い、低いに分け、全体を四群に分けました。その結果、成人における軽犯罪の発生率は生物学的な素因のほうが圧倒的に重みを持つことが示されました。

 

双生児研究では、2682組のオーストラリアの調査があります。一卵性双生児と二卵性双生児の非行の罹病率を調べると、男女差を含めて、生物学的な素因のほうが環境因よりも圧倒的に強い影響を持つことが科学的に示されました。

 

環境の影響を受ける遺伝子

それでは、素因によってすべてが決まるのでしょうか。ごく最近になって、分子レベルの遺伝子研究が進展し、それによって遺伝子が体の青写真や設計図というよりも、料理のレシピのようなものであることが明らかとなってきました。

 

つまり、遺伝子に蓄えられた情報は、環境によって発現の仕方が異なることが示されたのです。遺伝情報の発現の過程は、遺伝子そのものであるDNAの情報が、メッセンジャーRNAによって転写され、タンパク質の合成が行われることによって生じます。

 

この過程が実は問題で、ここで環境の影響を受けます。多くの状況依存的なスイッチが存在し、環境との相互作用の中で、合成されるタンパク質や酵素レベルで差異が生じることが徐々に明らかとなってきました。

 

たとえば、妊娠初期のタバコの影響で初めてスイッチがオンとなる遺伝子情報などが存在します。これは、遺伝子が設計されたときにすでにタバコの存在を予想していたということなのでしょうか。このような影響は身体的な問題に限りません。

 

高リスク児に対する早期療育の可能性を開くもの

有名な例を一つ挙げれば、MAO-Aと呼ばれる酵素があります。この酵素を生じる遺伝子を持つ児童は、攻撃的な性格を発現する傾向があることが知られていますが、すべての児童においてそうなるわけではありません。非常にストレスが高い環境、つまり虐待環境下においてのみ、スイッチが入り、攻撃的な傾向が発現するのです。

 

この例はまた、遺伝的素因というものに対するもう一つの誤解を解く手掛かりともなります。遺伝的素因の存在は多くの場合、高リスクを示すものではありますが、それによって決定されるものではありません。

 

このMAO-Aの例にも示されるように、遺伝子の持つ情報は、学習、記憶、脳の発達、感情コントロールのレベルで環境との相互作用が生じるのです。つまり、遺伝的素因の解明は、障がいを決定づけるのではなく、高リスク児に対する早期療育の可能性を開くものとなるのです。

遺伝と環境の関係

素因と環境因とのせめぎ合いに関してはさまざまな研究が積み重ねられていて、非常に興味深い内容のものもあります。たとえば集団に関する調査を行うと、社会的に極端な状況下では遺伝的素因の影響は低くなり、その抑制がなくなると遺伝性によって決定される率はより高くなることが知られています。

 

たとえば、遺伝的なアルコール依存の発現は既婚者で低くなり、未婚者では高くなります。また、アメリカの研究によると、最初の性交年齢に関する遺伝性は戦前(社会的な抑制が働いていた時代)では低い(男性の0パーセント、女性の32パーセント)ですが、社会的な抑制がほとんど機能しなくなった戦後では高い(男性の72パーセント、女性の49パーセント)という結果になっています。このような研究がどんな意味を持つのかはさておき、遺伝的な問題が相対的であることがお分かりいただけたのではないでしょうか。

 

環境因が脳に及ぼす影響の重さ

環境因が脳に及ぼす影響の重さは、子ども虐待の臨床に携わっていれば容易に実感できることです。心理的な外傷(トラウマ)と脳の所見に関する研究の結果は、発達障がいという問題を考える上で、非常に有用なモデルを提供してくれますので、ここで取り上げてみたいと思います。

 

外傷後ストレス障がい(PTSD:トラウマを負った後、数か月経っても不眠やフラッシュバックなどの精神的な異常が生じる病態)において、脳の中の扁桃体や海馬という想起記憶の中枢と考えられている部位に萎縮や機能障がいなど、明確な器質的な脳の変化が認められることが明らかとなっています。

 

強いトラウマ反応を生じる個人はもともと扁桃体が小さい

しかし、その後の研究によって、強いトラウマ反応を生じる個人はもともと扁桃体が小さいことが分かってきました。たとえば、ベトナム戦争で強いトラウマを生じた双生児の片割れを調べたところ、トラウマの影響が見られないもう一人についても、やはり扁桃体が標準より小さいことが分かりました。

 

では、どのようにして小さい扁桃体ができるのでしょうか。一つは遺伝的な素因であることは間違いありません。しかし、マウスの実験などによって、小さい扁桃体が作られる原因は被虐待体験であることが現在もっとも有力な説となっています。これは、先に慢性のトラウマに晒されて小さい扁桃体の個体が生じ、その個体が成長した後にトラウマに晒されると、PTSDという精神科疾患を高頻度で生じるということを示しています。しかし、一方で扁桃体の大きさには背が高い低いと同様の生まれつきの遺伝的な素因もあると考えられています。

 

リスクが積み重なって

つまり、最新の科学的なエビデンスに基づく知見では、もともと脳の状態がある個人が特定の環境因に晒されたときに、さらに脳の組織や働きの変化が引き起こされ、精神科症状として発現するというメカニズムが考えられています。ここで言う脳の状態を作るものは、素因もあれば、生後まもなくの被虐待のような非常に強烈な環境因であることもあります。これは、器質因(素因)と環境因との掛け算によって治療の対象となる精神科疾患が生じるという普遍的なモデルです。

 

このモデルは、ほぼすべての慢性疾患の場合と同一であることに注目すべきです。たとえば、糖尿病の素因を持つ人は多いですが、素因がある人とない人では糖尿病のなりやすさに大きな違いがあります。しかし、素因があっても節制によって発病を防ぐことができ、素因がなくても極端な暴飲暴食を続ければ発症に至ります。

 

児童に見られる心の問題にもそのまま当てはまる

このモデルは、児童に見られる心の問題にもそのまま当てはまります。児童の精神科疾患においてもっとも多いパターンは、もともとの生物学的な素因に情緒的な問題が絡み合って複合的な症状を示すものです。

 

一例としてチックを取り上げてみます。チックとは、瞬きを繰り返す、しかめ顔、咳払いを繰り返すなど、随意とも不随意とも言いがたい慢性の運動や発声の反復が認められる、子どもには非常に一般的な、習癖とも病気とも言いがたい行動上の異常の総称です。

 

ドーパミン系の神経経路の過剰反応

チックは、ドーパミン系の神経経路の過剰反応を原因とする明らかな生物学的な素因があり、それがなければ生じません。しかし、臨床における経過はストレスや緊張などの情緒的な問題が要因となり、良くなったり悪くなったりを繰り返します。たとえば、厳しい先生に当たれば非常に悪化し、夏休みに入ってストレスがなくなれば一挙に改善するという具合です。

 

一過性で自然に軽快するものが大半を占めますが、大声の叫びの反復など周囲に迷惑をかける重度の不適応や、そこから発展して強迫性障がい(ばかばかしいと分かっていても手を洗うなどある動作を繰り返さざるを得なくなるという状態)など、はっきりとした精神科疾患に至るものもまれにあります。この重症度には、素因もあれば環境因も関与しています。

 

発達障がいの増加の理由

このモデルで考えると、近年「発達障がいが増えている」と言われる理由がわかります。たとえば糖尿病の素因は一定でも、生活習慣が変化すれば患者数は増えたり減ったりすることは十分に起こりえます。同じように発達障がいの大多数は生物学的な素因を強く持っていることは明らかですが、引き金となる環境状況によって増えるということは十分に起こりえます。

 

その引き金となる環境状況は、直線的な原因結果ではなく、リスクの積み重ねという形が実際によく合致します。たとえば高齢出産、タバコの影響、多胎、未熟児、生後から一歳ごろまでの環境的要因、刺激の絶対量の不足、逆に刺激の絶対量の過剰などが挙げられます。それらはそれぞれ単独では原因となり得ませんが、積み重なって要因となるのです。

※本書で取り上げられている事例は、公表に関してはご家族とご本人に許可を得ていますが、匿名性を守るため、大幅な変更を加えています。

まとめ

発達障がいの子どもたちに適切な支援を行うためには、遺伝的素因と環境因の両方を理解し、それらがどのように相互作用するかを知ることが重要です。遺伝子の影響は確かに大きいですが、それだけで全てが決まるわけではありません。環境によって遺伝子の発現が変わり、適切な環境と支援があれば、子どもたちの可能性を最大限に引き出すことができます。

 

『発達障がいの子どもたち』は、発達障がいについての誤解を解き、具体的な支援方法を示す重要な一冊です。発達障がいに関する正しい知識を持ち、子どもたち一人ひとりに合った支援を行うことが、未来の可能性を広げる第一歩となります。私たちができることは、科学的な知見に基づいて子どもたちを理解し、彼らが健やかに成長できる環境を整えることです。

 

参考

発達障がいは「生まれつき」か「環境」か…?近年、「発達障がいが増えている」と言われる「納得の理由」(現代ビジネス) #Yahooニュース


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