2024.06.17

発達障がい者の生きづらさは日本特有の人間関係?年収500万の公務員が「貧困取材」を受ける事情

現代の日本において、非正規雇用の拡大とともに所得格差が急速に広がっています。その結果、一度貧困の罠に陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」が形成されています。本連載では、特に男性の貧困問題に焦点を当ててリポートしていきます。

 

今回は、「人事評価は常に最低ランクで、転職組ということもあり、年齢に見合わない収入です」と編集部にメールを送ってくれた40代の男性のケースを紹介します。彼は年収500万円の公務員でありながら、「貧困取材」を受けるに至ったのです。その背景には、日本特有の人間関係が影響しているといいます。発達障がい者としての生きづらさが、彼の経済的困難を一層深刻にしているのです。

 

「障がい者のふりをしている」と早合点

「私、目が悪いんです」地方自治体で働くシンイチさん(仮名、40代)は異動先の部署で、同僚女性からこうあいさつされました。後に視野が狭くなる視覚障がいがあることを知るのですが、このときは「視力が低い」という意味だと思い込んでいました。女性の障がいのことは元からいる職員たちは知っていましたが、書類を読んだり歩いたりすることができるため、中には「障がい者じゃないよね」などと陰口を言う人もいました。

 

最初の思い込みと周囲からの陰口が交錯した結果、シンイチさんは「視力が低いだけなのに、障がい者のふりをしている」と早合点しました。そしてついに本人に向かって「あなた、見えてるじゃん」と口走ってしまいます。女性の仕事にミスがあったこともあり、ついきつい口調になったと、シンイチさんは認めます。

 

お前がやったことは差別だとと叱責

このやりとりは想像以上に大事になりました。女性が「パワハラを受けた」と訴えたからです。シンイチさんは複数の上司から呼び出され、2時間以上にわたって「障がい者差別解消法を知らないのか!」「お前がやったことは差別だ!」などと叱責されました。

 

シンイチさんは、女性の障がいのことは知らなかったと釈明しましたが、上司たちには言い訳をしていると映ったのでしょう。追及はヒートアップしていきました。「いい年こいたおっさんが知らないはずないだろう」「規律性も、協調性もない。お前なんてどこにいっても通用しないぞ」さすがに言葉が過ぎるのではと言うと、シンイチさんは「これまでの職場でもさんざんやらかしてきたので……」とうつむきました。

 

産業医に発達障がいの可能性を示唆された

過去の問題まで根に持ち、人格を否定するような上司の糾弾はパワハラと言われても仕方ありません。一方でシンイチさんが女性を傷つけたことも間違いありません。シンイチさんはパワハラの被害者であると同時に加害者でもあったのです。

 

「『視覚障がい=全盲』という私の無知もありました。でも、上司の鬼のような形相を思い出すと今でも恐ろしいです」シンイチさんは、発達障がいの可能性を産業医から示唆されていました。そのため、人間関係の難しさやコミュニケーションの誤解が重なり、彼の生活はさらに生きづらくなっていたのです。このような状況が彼の経済的困難にも繋がっているのです。

 

人間関係のトラブルに巻き込まれることが多い自分に何か問題があるのではないかと考え始めたのは、以前職場の産業医から「一方的に話をする」と指摘されたことがきっかけでした。同僚へのパワハラ問題が起こり、再び産業医に相談したところ、発達障がいの可能性を示唆されました。早速専門の医療機関を受診し、発達障がいと診断されたのが数年前のことです。

 

半生には様々な困難があった

「さんざんやらかしてきた」と語るシンイチさんの半生には、様々な困難がありました。

子ども時代の通知表には、成績は良くても教師の所見には「落ち着きがありません」「ケアレスミスが目立ちます」「友達とうまく遊べません」といった厳しい評価が並びました。シンイチさんは「あざのある子に向かって『変なあざ』などと、思ったことをそのまま口にしてしまうことがありました」と振り返ります。

 

大学時代のアルバイトでも人間関係に苦労しました。更衣室で自分の悪口を言っていた相手を直接問い詰めたり、塾講師の仕事では生徒たちから外見について執拗にからかわれたりしました。さらに、服装や締め切りに関する指示を忘れて失敗することもありました。

 

これらの経験から、日本で就職することに不安を覚えたシンイチさんは、大学で親しくなった在日韓国人の友人と同じく韓国の大学で日本語を教えることに決めました。当時の年収は300万円ほどでしたが、物価も家賃も安く、学生や同僚との関係も良好で仕事も楽しかったといいます。

ただし、非常勤講師の1年契約という不安定な雇用形態でした。30代半ばを過ぎ、安定した仕事を求めて公務員の採用試験を受けることにしました。地方自治体に転職したのは約10年前のことです。ここから本格的な「やらかし」が始まります。

 

「習うより慣れろ」の新人教育

シンイチさんによると、まず「習うより慣れろ」という公務職場の新人教育の方法に馴染めませんでした。マニュアルを読んでも理解できない点やパソコン操作、書類作成の手順の根拠を尋ねると「とりあえずやって」と返されました。明確な答えがないと不安になるシンイチさんが質問を重ねると、「つべこべ言わずにやれ」と煙たがられるようになりました。

 

早々に「めんどくさい人」とのレッテルが貼られたシンイチさんは、友人の結婚式に出席するために有給休暇を申請しましたが、上司から「今は仕事に集中するべきだ」と阻まれました。直接言われたわけではありませんが、「仕事もできないくせに生意気だ」という本音を感じたといいます。

 

シンイチさんは口頭での指示を理解することが苦手で、早合点しがちだったためケアレスミスも目立ちました。質問をしても答えてもらえない不満がたまっていたため、問題を指摘されると「ちゃんと教えてもらっていません」と“反論”してしまいました。シンイチさんは「周囲には『ミスを他人の責任にしている』と映ったと思います」と振り返ります。

 

マルチタスクを求められる部署ではミスが増えた

書類の内容を確認しながらデータをパソコンに入力し、同時に市民からの電話にも対応するマルチタスクを求められる部署では、ミスの頻度が増えました。シンイチさんは上司に「書類に集中させてほしい」と頼みましたが、「(同時に)やってもらわないと困る」と突き放されました。

 

シンイチさんはマルチタスクに伴うミスについて「かかってくる電話の多くを私が真っ先に取っていたからだと思います」と分析しています。採用時の研修で「市民からの電話はすぐに取りましょう」と教えられていたため、自分が納得できる指示には強いこだわりを持って従っていました。原則に忠実ともいえるが、融通がきかないともいえる面がありました。

 

「いっぺんに言われてもわからない!」と怒鳴ったことも

「ほかの人は書類仕事に集中しているときは電話を取らない。よい意味で逃げるのがうまいんです。今思うと、わからないことがあっても、ほかの人は私のように細かい点にこだわって質問するのではなく、その場は流して後で別の同僚に確認していました」とシンイチさんは話します。

 

一方で、ミスを繰り返すストレスから周囲への言葉遣いが荒くなっていきました。もともと怒りの感情を抑えることが苦手だったため、窓口対応中に複数の同僚から同時に話しかけられ、「いっぺんに言われてもわからない!」と怒鳴り返してしまったこともあるというのです。

圧倒的な自己理解へのこだわり

次第にシンイチさんは不眠の症状が出るようになり、終業後も30分以上椅子から立ち上がれない日が続きました。産業医のアドバイスで半年ほど休職しましたが、事態は改善しませんでした。視覚障がいのある同僚に心ないことを言ってしまったのは、ちょうどこのころのことです。

 

取材で驚いたのは、シンイチさんの話が一貫して客観的で相互的だったことです。「やらかし」の背景にある障がい特性から自身に対する周囲の視線まで、なぜシンイチさんはここまで冷静に自身のミスや失敗を語ることができるのか。

 

それは徹底した自己理解と自己分析の賜物です。診断後、シンイチさんはデイケアや就労移行支援事業、生活支援事業といった福祉サービスを利用しながら、民間の自助会や学習会、フォーラムにも積極的に参加しました。

 

障がい特性のプラス面が発揮

視覚障がいについての無知を反省し、障がい者スポーツの指導員養成講習会にも参加しました。また、大人の発達障がいをテーマにした研修会で公認心理師の話を聞いたり、学会で職場における「合理的配慮」に関する独自の調査結果を発表したりもしました。この圧倒的な自己理解へのこだわりは、障がい特性のプラス面が発揮されたともいえます。

 

こうした過程で出会った発達障がいの当事者は、自分の興味のある話を一方的にする人が多かったといいます。「自分と同じ。まるで鏡を見ているようでした」とシンイチさんは語ります。コミュニケーション上の課題を自覚してからは、周囲の雑談にも耳を傾けるようになりました。

 

周囲との関係を改善するための大きな一歩

今も雑談は苦手です。それでも最近は「それわかります」「へー、そうなんですか」といった相づちのバリエーションを増やすことや、「でも」などの“否定ワード”を使わないこと、相手の話を途中で遮らないことを心掛けています。どうしても雑談が苦痛になったときは「ちょっとトイレに行ってきます」と言って中座する“技”も身に付けました。感情の起伏も服薬でなんとかコントロールできるようになりました。

 

シンイチさんの自己理解へのこだわりと努力は、彼が自身の障がい特性を理解し、周囲との関係を改善するための大きな一歩となっています。少しは生きづらさも解消されたのでは? 私が尋ねると、意外なことにシンイチさんは首を横に振りました。そして「いったん壊れた人間関係は簡単には戻りません」とうなだれました。

 

自作の「私の取扱説明書」

診断後、職場で障がいへの「合理的配慮」を求めたこともありましたが、上司からは「具体的に何をすればいいのかわからない」と言われました。そこで、自身の困りごとなどをまとめた「私の取扱説明書」を作成しましたが、今度は支援団体の職員から「細かすぎて伝わらないのでは」と言われてしまいました。

 

本当は同僚たちに研修などを通して発達障がいへの理解を深めてほしいと考えていました。しかし、人手不足の公務職場ではそれも難しいと感じ、悩んだ末に今は障がいのことをオープンにしていません。

 

定型発達者としての人格を身に付けるしかない

「これまでの数々の失敗を考えると、打ち明けても発達障がいへの負の印象が強まるだけなんじゃないかという心配もありました」とシンイチさんは言います。結局たどり着いた答えは「私が定型発達者としての人格を身に付けるしかないんです」というものでした。

 

話は少しずれますが、シンイチさんは自治体の正規職員で、年収は約500万円です。「公務員は失業給付が出ないのでクビになれば即無収入。私は中途採用なので退職金も100万円ほどです」と言いますが、経済的に困窮しているわけではありません。

 

なぜ取材に応じようと思ったのか

では、なぜシンイチさんは貧困がテーマの本連載の取材に応じようと思ったのでしょうか。理由を尋ねると、「人間関係が安定していると発達障がいの特性からくる欠点って、かなり抑えられるんです」と言います。どういうことか。

 

シンイチさんによると、友人や同僚に恵まれた韓国では障がい特性が原因のトラブルはありませんでした。また、仲の良い友達がいた小学校中学年のころだけは、教師からも「落ち着きが出てきた」と評されたというのです。その上で韓国での生活をこう振り返ります。

 

韓国人は不満もはっきり口にします。学生たちは私の授業に意見があるときは『わかりづらい』『おもしろくない』と直接言ってきたものです。(自分の行動に)問題があれば面と向かって批判もされましたが、後になって根に持たれることはありませんでした

シンイチさんは多くを語りませんでしたが、少なくとも彼にとっては、日本社会独特の人間関係の乏しさや不寛容さが、自身の生きづらさと関係していると感じているようでした。

 

結局人間関係次第

私自身はプライベートで、韓国の友人と政治や社会の問題について話をすることがあります。韓国にも陰口やいじめはあるので一概には言えません。ただ、本音と建て前を使い分けがちな日本人のコミュニティよりも、正面切っての意見の対立をいとわない傾向のある韓国人との関係のほうが居心地がよいと感じることは、正直あります。

 

「発達障がい者が生きづらいかどうかは、結局人間関係次第だと思うんです」とシンイチさんは繰り返します。それゆえに「これからも“普通の人”を装って独りで生きていくしかないんです」とも言います。シンイチさんに悲壮な覚悟を強いるのは何か。その正体を思うと、私も息苦しさを覚えました。

まとめ

シンイチさんの証言は、日本社会における非正規雇用拡大と貧困問題を見据えた時に、障がい者支援の重要性を浮き彫りにします。彼のように生きづらさを抱えながらも、自己理解と努力で自身の特性に向き合う姿勢は、社会全体にとっての学びとなるでしょう。

 

参考

年収500万の公務員が「貧困取材」を受ける事情 発達障がい者の生きづらさは「日本特有の人間関係」にある?(東洋経済オンライン) #Yahooニュース


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